あさとら 投資日記

ピーターリンチやオニール、ミネルヴィニ、ダグラスを参考にモメンタムに新高値を週足ベースで狙います。

(期間限定無料)専業主婦は2億円損をする。橘玲

橘玲の新刊が期間限定無料。

金を出しても読もうか迷っているところだったので、買った直後に無料になるといった悪夢を避けることができて、少し嬉しい。

内容は、前著「幸福の資本論」を専業主婦用にならしたものと言う感じではあるが、 

しかし、最終章がいい。

歳で「でき婚」して長男が生まれました。共働きにならざるを得なかったのはわたしの年収が120万円しかなかったからで、ゼロ歳で公立保育園に入園させると、平日5日のうちわたしが朝の送りを3回、夜の迎えを2回担当にすることになりました。  

当時の公立保育園は午前9時から午後5時が基本の保育時間で、送りか迎えのどちらかを1時間延長できました。午前8時に子どもを預けると午後5時に迎えにいかなくてはならず、午後6時まで預かってもらうなら午前9時に送りにいく決まりで、例外はいっさい認められませんでした。すぐにわかるように、これではふつうの会社の勤務時間にまったく合いません。  

しかしそれ以上に大変だったのが、子どもが頻繁に熱を出すことでした。当時は携帯電話はなかったものの、ポケベルが普及しはじめていました。ブザーが鳴って発信元の電話番号が表示されるだけの機械ですが、相手が電話の近くにいないと連絡のとりようがなかったときから比べると画期的な発明だったのです。

等、これまであまりメディア露出の少ない橘氏自身の経験が書かれている。

古くからのファンであり、金持ちの成功者というイメージが強かっただけに、こうしたポケベル時代のエピソード等を読むと、橘玲でさえ、こうした時代を乗り越えてきたんだ・・・と感慨を受ける。(小説家なので、文章を作っている可能性も捨てきれないが、いやしかし)

 

橘玲は1959年生まれなので、58歳。

 58歳の人生の先輩(それも成功者且つ文章うまい)からの貴重なアドバイスという側面で、やはり読んでよかったなぁと思わせる内容だった。

(内容に関しては、幸福の資本論やブログ等との重複は多いようにも思います。)

 

専業主婦は2億円損をする

専業主婦は2億円損をする

 

  

ハイライト箇所

専業主婦が当たり前のスペインやイタリアなど「南のヨーロッパ」と、女性がはたらくことが当たり前のスウェーデンやデンマークなど「北のヨーロッパ」で、大規模な「(自然の)社会実験」が行なわれたからです。

その結果は、どうなったのでしょうか。それぞれの国の合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの平均数)を見れば、どちらがうまくいっているかは明らかです。  日本の出生率は1・42で「このままでは日本人が絶滅してしまう」と大騒ぎしているのですが、イタリアは1・39、スペインは1・27でさらに少子化が進んでいます。かつてのイタリア映画には子どもや孫たちに囲まれた大家族が描かれていましたが、そんな風景はもはやどこにもなくなってしまいました。  

それに対してデンマークの出生率は1・67、スウェーデンは1・89と、「南のヨーロッパ」よりずっと高くなっています。「人口の維持には2・07の出生率が必要」といわれますが、スウェーデンなどはもうすこしでその目標に届きそうです(2014年)。

従い、結婚しても不利にならない環境を整えない限り、女性は子供を生みたいと思わないという結論に導いている。

自然に起こった社会実験、を根拠にしているあたりが、他の著者とは異なる処。エビデンスがしっかりしている。

 

「幸福とは自由(自己決定権)のことであり、そのためには経済的に独立していなければならない」

 

金融資本がなく貯金はゼロで、人的資本がないのでパートやバイトなど時給の安い仕事をしていても、「人生には愛情と友情しかいらない!」というひとがいます。こういうひとは「プア充」で、家族や友だちに囲まれているので、プアでもその人生はけっこう充実しています。  プア充の典型は、〝ジモティー〟や〝マイルドヤンキー〟と呼ばれる地方の若者たちで、中学・高校の同級生5~6人を「イツメン(いつものメンバー)」として、先輩・後輩などを加えた20~30人くらいの「仲間」で行動しています。

「仕事はできるけれど異性との交際にはあまり興味がない。友だちづきあいも苦手」というひとは「ソロ充」です。

「お金はもっているけれど、はたらいてもいないし友だちもいない」というタイプは、高齢者にはたくさんいます。それが、家族や友人のいない「孤独な年金生活者」です。

「仕事もバリバリしていて、恋人や友だちもいる」のはリア充です。

大きな人的資本をもっていると高い給料(収入)を得ることができますから、だんだんと貯金(金融資本)もできてきます。

「はたらいてはいないけれど、お金はあるし友だちもたくさんいる」というのは、若者の場合はちょっと想像しづらいパターンです。大企業を定年退職して、じゅうぶんな年金を受け取りながらボランティアなど社会貢献をしているひとなどが考えられますが、専業主婦で夫がお金持ちだとこのタイプになります。

 このあたりは資本論と一緒。

 


マックジョブはマニュアル化された拡張不可能な仕事で、達成感はないが責任もない スペシャリストは、クリエイティブクラスのなかで拡張不可能な仕事に従事するひとたちで、大きな責任を担うかわりに平均して高い収入を期待できる クリエイターはクリエイティブクラスのなかで拡張可能な仕事に挑戦するひとたちで、いちど大当たりすれば信じられないような富を手にすることができるが、ほとんどは名前を知られないまま消えていく

 

報酬に関しては、拡張性という観点だけでなく、代替性の有無、参入障壁などの希少性が報酬との関係にはものをいうのではないか?と考えたりしている一方、掛け算的に稼ぐことができる事業と言った点は、フラクタル構造的な感じなので、もっと原点があって根拠がしっかりあるものを記載しているのであろう。こうした観点も今後もっと知りたい。

 

「労働とみなす」ひとたちは、仕事を生計を立てるための必要悪と考えています。彼らがはたらくのは、家族とのだんらんや趣味など、仕事以外の時間を楽しむためです。

「キャリアとみなす」ひとたちは、仕事を通じて自分を成長させたいと考えています。仕事と人生を一体化しようとまでは考えませんが、より多くの収入や社会的な評判を得たいという野心を持ち、多くの時間とエネルギーをキャリアアップに注ぎ込みます。

「天職とみなす」ひとたちは、仕事に充実感や社会的意義を見出し、金銭的な見返りや出世のためではなく、楽しいからはたらいています。

彼らは仕事と人生を切り離すことができず、生涯現役で死ぬまで働きつづけるのを当然と考えるでしょう。そしてこれが、「自己実現」と呼ばれるのです。  

ちなみにAI(人工知能)の急速な進歩によって、マックジョブ(バックオフィス)の仕事の多くはいずれロボットに代替されるといわれています。「自己実現できる仕事しか稼げない」時代がくるかもしれません。

この箇所には強い感銘を受けた。自分自身を見直し、自己実現できる仕事を自分のためにも、将来のためにしなければと強く考えさせられる。

労働とみなす というのが、若い時分での考えだったが、やはり 天職とみなせるものを探していきたいと強く思うようになる。

 

 

 

仕方なく〝SEISHAIN〟を使っています。  このように考えると、なぜ「非正規」が日本で大きな社会問題になるかがわかります。「正規」か「非正規」かで人間を区別するのは、世界では日本にしか存在しない〝身分差別〟なのです。  

安倍首相は「日本から非正規という言葉を一掃する」と宣言しましたが、その理由はこのことが国際社会にバレて、「身分差別社会ニッポン」のレッテルを貼られることを恐れているからなのです。

 正社員、非正規社員は身分制という話。これも分かりやすい切り口。

一般職、総合職。親会社、子会社。といった身分制は、サラリーマンの中でも多数ありそう。

社外取締役、労働者。労働者、株主とか。

 

 

日本人の労働生産性(仕事で利益を稼ぐちから)はOECD34カ国中21位、先進7カ国のなかではずっと最下位です。日本のサラリーマンは過労死するほどはたらいていますが、一人あたりの労働者が生み出す富(付加価値)は7万2994ドル(約800万円)で、アメリカの労働者(11万6817ドル/約1280万円)の7割以下しかありません(2014年)。これは、日本人の能力がアメリカ人より3割も劣っているか、そうでなければ「はたらき方」の仕組みがまちがっているのです。  

しかしその一方で、日本的な労働慣行にもいいところはあります。それは、若者の失業率が低いことです。  

少子化の影響がはっきりしてきたことで、いまや新卒の就職率は98%になりました。大学を出たらほぼ全員が仕事に就けるような国は、先進国のなかでは日本くらいしかありません。15~24歳の失業率はスペインで53・2%、イタリアが35・3%、フランスでも23・8%もあり(2015年)、ドロップアウトしたまま社会復帰できない若者たちが大きな社会問題になっています。そんな国と比べれば、日本の若者はものすごく恵まれています。

 

生産性の話。

欧州が良いという評論は多くあるように思うけれど、この失業率の低さが日本のメリットだという観点は、改めて気付かされました。

自分は就職氷河期に生きたい人間だけれども、一方で日本の場合、新卒で就職に失敗すると、なかなか社会に入れないという問題があり、企業に一度はいると永久就職なので、これまたそこで、身分みたいに、位置づけが固定化し易いといった問題点があるように思う。

 

 

「自分のことは自分ではわからない」を前提とすれば、まわりのひとたちからできるだけ多くの評価=フィードバックを集め、自分に向いた仕事を探していくのが(おそらくは)唯一の方法です。

 

バリキャリの妻が家計を支え、専業主夫が子育てをしている知り合いがいますが、夫は〝売れない画家〟ではあるものの、大きな賞をとり定期的に個展も開く「(業界の)有名人」です。女性にとって重要なのは、夫の年収だけではなく、まわりから「旦那さん、素敵ね」といわれることなのではないでしょうか。  これはようするに、「魅力のある男性は収入にかかわらずモテるし、(本人にその気があれば)結婚もできる」という当たり前の話です。  そう考えると、「年収の低い男は結婚できない」説は、彼女のいない男性の自己正当化らしいことが見えてきます。「モテないのは自分に魅力がないからだ」という現実を直視するよりも、「世の中の女がカネにしか興味がないからだ」と決めつけたほうが、ずっと気が楽でしょうから

 

しかし、「おバカな女子」が選ばれない理由はこれだけではありません。いちばんは「話が合わなくてつまらない」ことです。  高学歴で一流企業に勤める〝ハイスペック男子〟は、家に帰って、ワイドショーでやっていた芸能人の不倫騒動について妻と話したいなんてぜんぜん思っていません。政治や経済の高尚な議論をしたいわけではないでしょうが、自分が興味や関心のある話題で、お互いの意見が一致していることを確認したり、「えっ、そんな考え方をするんだ」と驚いたりするやりとりが楽しいのです。──これを「同類婚」といいます。

と、「エリートの夫が会社のキャリアウーマンと不倫する」という定番のパターンは、これが理由です。家に帰っても子どもとママ友と芸能人の話ではぜんぜん楽しくありませんが、会社のハイスペック女子とは共通の話題がいろいろあるのでずっと面白いのです(これはエリートの妻と男性の同僚でも同じでしょう)。

 分かる・・・なんで橘玲はそんなことまで知っているのだろうか。

 

「愛というのは、好きなひととわかりあうことだ」と思っていると、そのうちうまくいかなくなります。お互いにわりあえないという前提で、それでもわかりあおうとすることなのでしょう。

 

欧米ではいまや、適職さがしも恋人さがしも「トライ・アンド・エラー」です。それに対して日本は、新卒一括採用の終身雇用がまだ残っていて、(すくなくとも子どもができれば)結婚して生涯添い遂げることが期待されるのですから、これは「一発勝負型」です。  

これはどちらがよくてどちらが悪いという話ではありませんが、社会がどんどん複雑化して未来になにが起きるかわからなくなると、「一発勝負型」の人生戦略はうまくいかなくなってきたのです。

 日本型の問題点は、まさにここかな・・・

しかし社会監修として根付いているので、これを打ち破ろうとするとそうとうの力、根気が必要。

 

社会学者の山口一男さんです(『働き方の男女不平等』

シャドーワークは専業主婦を「奴隷」の立場から解放するかもしれませんが、その代わり「家政婦」にしてしまったのです。

 

 

人間関係のストレスはうつ病の最大の原因ですが、そうならないためのもっとも効果的な方法は、「人間関係を選択可能にする」ことです。 

 

 

ブルジョア(Bourgeois)とボヘミアン(Bohemian)を組み合わせて「BOBOS(ボボズ)」と呼ばれます。

好きな仕事を通じてずっと社会にかかわっているほうがカッコいい

 BOBOSの価値観を追ってみたい。きっと、10年後の日本の価値観がありそう。

 

・これからは、専業主婦はなにひとついいことがなくなる

・好きな仕事を見つけて、それを〝スペシャルな仕事〟にする

・スペシャルな仕事をずっとつづけて「生涯現役」になる

・独身ならソロリッチ、結婚するならダブルインカムの「ニューリッチ」を目指す

・フリーエージェント戦略で、カッコいいファミリーをつくる

 いまからでも、ダブルインカムのニューリッチになれるかな・・・

 

 

夫が死ぬことによって①住宅ローンのないマイホームが自分のものになる、②子ども2人なら年200万円の年金が受け取れる、③平均して2000万円程度の生命保険金が下りる、

「夫 死んで欲しい」の舞台裏

 

逆境の経験がもっとも多いひとたちは、うつ状態になることが多く、健康上の問題を抱え、人生に対する満足度も低いことがわかりました。これは当たり前ですが、しかし、同じように幸福度の低いグループがもうひとつありました。

それは、「逆境を経験していない」恵まれたひとたちだったのです。  

うつ病のリスクが低く、健康上の問題が少なく、人生に対する満足度がもっとも高いのは、逆境を経験した数が中程度のひとたちでした。幸福になるには、つらい体験が必要なのです  

この研究は「苦しみに感謝しろというのか」と激しい反発を招きましたが、よく考えてみればどこにも不思議なことはありません。

これは子育てを考える上で、重要なポイント。 

 

 

この本の参考文献

西原理恵子『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』角川書店

●酒井順子『男尊女子』集英社

●シェリル・サンドバーグ『LEAN IN(リーン・イン):女性、仕事、リーダーへの意欲』日本経済新聞出版社

●中野円佳『「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?』光文社新書

●荒川和久『超ソロ社会 「独身大国・日本」の衝撃』PHP新書

●山田昌弘『家族難民 中流と下流──二極化する日本人の老後』朝日文庫

中島さおり『パリの女は産んでいる―〝恋愛大国フランス〟に子供が増えた理由』ポプラ文庫

●水無田気流『シングルマザーの貧困』光文社新書

●鈴木大介『最貧困女子』幻冬舎新書

●ヘレン・E・フィッシャー『愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史』草思社

・山口一男『働き方の男女不平等 理論と実証分析』日本経済新聞出版社

 

橘玲が男の立場で、専業主婦論を語る訳。

専業主婦批判が一種のタブーになっていることです。「主婦を敵に回してもなにひとついいことはないから、そんなことする女性の筆者なんていません」と広瀬さんはいいます。

 

ポケベルは、お迎えをするほうが持つことにしていました。検温で38度を超えると、保育園からポケベルに通知(お迎えコール)が入ります。すると5分以内に(厳密に決められているわけではないがそんな雰囲気でした)保育園に電話を入れ、1時間以内に(こちらも明文化されているわけではないものの、1時間を超えると露骨に嫌な顔をされました)迎えにいかなくてはならないのです。  

最初の頃は不安なので、お迎えの担当の日はずっとアパートにいて、おむつの洗濯をしたり(当時は布おむつが主流でした)、野菜を煮込んで離乳食をつくったりしていました。そのうち慣れてくると近所まで出かけるようになりましたが、ベルトにはさんだポケベルが気になって30分以内に保育園に駆けつけられる範囲にしていました。

 橘玲の過去話。こんな苦労もされていたんだなぁと。